8月28日(日)、第3回「発掘!おもしろ東北人2016」決勝大会が、ムービーオンやまがたにて開催された。
5年半前の東日本大震災。
突然、自分たちの日常が無くなり、多くの大切な宝物を失い、いつしか心が凍りついていった…。
日本全国、世界各国から支援をいただいた。
1年が過ぎ、2年が過ぎ、復興すれば何とか元に戻れると思って頑張ってきたが、心から笑うことができずにいた。
3年前、そんな中で、東北のケーブルテレビ18社20局がネットワークを結び、自分たちが、エンタテイメントの力で、東北人自らが元気になれるチャレンジをしようと、吉本興業の力も借りて、開催に漕ぎ着けたのが、第1回「発掘!おもしろ東北人」である。
第1回大会の司会は、南海キャンディーズの山ちゃんとしずちゃん。
第2回大会の司会は、ケンドーコバヤシさん。
そして、第3回大会の司会は…。
品川庄司さんである。
日本ケーブルテレビ連盟東北支部の方々と、品川庄司さん。
この日、会場となったムービーオンやまがたには、例年以上に多くの方々が足を運んでくれた。
参加者(応募者)も増えて、各県の予選を勝ち抜いた12組が、この日の決勝大会に出場する。
少しずつであるが、このイベントが各地に浸透し、参加者が増えたことは、東北が元気になってきたことの表れなのかもしれない。
そして、いよいよ開会!
ダイバーシティメディアの鈴木淳予アナウンサーと、品川庄司さん。
最初に、第1会大会のグランプリの「まつトミ」を紹介する。
「まつトミ」は、グランプリ受賞後、正式に「よしもとクリエイティブエージェンシー」に所属し、地元テレビのレギュラーを持ったりし、人気の輪が広がっている。
ダイバーシティメディアの地域情報番組「バイキングステーション」でも、MCをレギュラーでやっている。
この大会が、それぞれの、ターニングポイントになればいいと思う。
そして、オープニングセレモニーでは、よしもとクリエイティブエージェンシーの水本常務、日本テクトホールディングスの増岡社長、パレスグランデール・ジョイングループの武田靖子常務、そして審査委員長の自分が登壇する。
「多くの方々の力を借りて、この大会が3回目を迎えることができたことへ感謝すると共に、この大会が、東北を少しでも元気にすることを願ってやまない!吉本興業の大崎社長や、よしもとクリエイティブエージェンシーの水本常務へ御礼を申し上げたい。」と話す。
そして、いよいよスタート!
少しずつ、会場が笑いの渦になっていく。
そして、後半戦、会場は大爆笑となるのである。
素人だけにオモシロイ!
シアター1の上にある特別貴賓室で、審査委員会。
各賞が決まり、ダイバーシティメディアの桜井室長が賞状に名前を記す。
審査委員会の間、笑福亭笑助などの、よしもと住みます芸人たちが、舞台を暖めてくれた。
そして、各賞の発表。
「品川庄司賞」は、岩手県代表のヴィジュ・アル子さん。
グランプリは、岩手県代表の、地伏亭金目さん。
岩手日々新聞の記者である。
審査員特別賞は、山形県代表の腹話術の小関文助と福和建一さん82才と、岩手県代表の漫才のオヒルネじゃすてぃすさん。
本当に、実力伯仲の素晴らしい決勝大会となったのである。
最後に自分からは、大会がとても盛り上がったことへの感謝と、今年の「YMF山形国際ムービーフェスティバル」では、吉本興業さんのご協力のもと、ネットフリックスの「火花」を、日本で初めて映画館で、10話すべてを上映することをピーアールする。
来年は、また、今年以上の大会にできれば最高である!
打ち上げは、日曜日にもかかわらず、フェイスさんが店を開けてくれた。
感謝である。
審査員や吉本関係者、日本ケーブルテレビ連盟東北支部の仲間、ダイバーシティメディアスタッフ、ムービーオンスタッフなど、夜中まで…魅力イッパイの1日となったのである。
「発掘!おもしろ東北人2016」決勝大会
インテリジェンスな友達…小森俊太郎氏
8月24日(水)、日本テクトホールディングスの増岡社長から紹介され、昨年の「YMF山形国際ムービーフェスティバル」にも協賛いただいた、株式会社エヌアイデイ小森俊太郎社長と再会した。
場所は、山形市の「辰寿し」
小森社長、増岡社長、ダイバーシティメディア笹原専務、和康メディア戦略局長、新井東京オフィスチーフ、YMF山形国際ムービーフェスティバル事務局長の佐藤則子が、打ち合わせをしながら夕食をとる。
序鮨は、天然とらふぐ、かつおわら炙り、ほっき。
中鮨は、大間の本マグロ。
〆鮨は、うに、穴子、コハダの新子である。
さすがに、老舗寿司屋「辰寿し」、食べ応えがある。
ばい貝旨煮と新物生イクラともずく。
鱧湯引き。
天然鮎塩焼き。
鰻博多蒸し。
庄内おばこさわら。
小森さんと、増岡社長の軽妙トークは、オモシロイ!
小森さんは、千葉県佐原の人であり、本業は、ソフト開発や受託事業であり、トヨタや A N A等と取引をしている、立派な上場会社の社長である。
そして、彼は、佐原の川の沿線に、「いなえ」と「しえと」というお店を経営している。
「いなえ」は、おしるこ屋で、佐原の「佐」を分解して、カタカナで「イナエ」から命名したもの。
喫茶店の「しえと」は、江戸から続く佐原の町の「江」をとり、分解すると、カタカナで「シエト」となるのだ。
センスのいい店であり、小森さんの世界観のレベルが素晴らしい!
そんなこんなで、楽しい夜は、あっという間に終わってしまうのだった。
これから、様々な分野で繋がろうと思う。
上海厨房の「肉ラーメン」は、やっぱり美味い!
心臓を鷲づかみにされた映画…「君の名は。」
こんなに小さく静かな感動が、次第に大きな感動に変わり、そして、心が揺さぶられ、いつしか涙がこぼれだす…、そんな映画はなかなか少ない。
今の映画界を席巻している東宝の川村元気氏が企画・プロデュースをし、将来を属望されている、話題の新海誠監督の作品である。
ある日、突然自分が全然知らない、田舎の女子高生の体で目覚める。
行ったことのない山奥の町。
同様に、自分が男の子になる夢を見て、見覚えのない部屋で目覚める。
目の前に広がる、憧れの東京の街並み。
君は誰?
お前は誰だ?
いく度も入れ替わる身体と、その生活に戸惑いながらも、現実を少しずつ受け止める田舎の女子高生の宮水三葉と、東京の男子高校生の立花瀧。
入れ替わり(夢)から覚めると、次第に入れ替わり(夢)を忘れていくので、印をつけている。
東京で、三葉が瀧と入れ替わり、楽しく最高の生活を過ごしたのである。
一方で、伝統的な儀式や綺麗な自然に囲まれた糸守町。
携帯電話もメールもつながらない理由。
「黄昏(たそがれ)時」を、糸守町では、「カタワレ時」という。
「彼誰そ時」が語源らしい…。
そんな物語は、千年ぶりになる彗星が、クライマックスを創るのである。
朝、目が覚めると、何故か泣いている。
そういうことが、時々ある。
見ていたはずの夢は、いつも思い出せない。
…ずっとなにかを、誰かを、探している。
あの日、星が降った日。
それはまるで、夢の景色のように、ただひたすらに、美しい眺めだった。
………感動した。
この映画は、大きいスクリーンで観る方がよい。
自分は、昨日、ムービーオンのシアターで8で観た。
感動したが、明日からは、ムービーオンの東北最大級のシアター1で上映することになったので、必ずもう1度大スクリーンで観たい映画である。
スタジオ・ジブリの宮崎駿さん、スタジオ地図の細田守さん。
全国的には、その二人を乗り越えそうな興業収入が上がっているようだ。
リピーターが多いらしい。
ムービーオンのシアター1で、必ず見てほしい映画である。
「じゅう兵衛」の『もんじゃ焼き』

ここで食べるのは、
1に、もんじゃ焼き。
2に、お好み焼き。
3に、焼きそば。
4に、バター焼き(キノコや野菜)
…である。


もんじゃ焼きは、明太子とチーズと餅のもんじゃ焼きに、豚肉をトッピングでつける。



この日は、もんじゃ焼きを、もうひとタイプ頼む。
カレーチーズもんじゃ焼きである。
これも中々美味しい!
カレーも合うんだと思った。

お好み焼きは、豚肉と明太子のお好み焼きと、やわらか和牛のお好み焼きで、ネギがとても合う。

キノコのバター焼きも美味しかった。

焼きそばは、ほとんど食べれず、スタッフ後藤から食べてもらった。
お腹が一杯だが、「それぞれ美味しく、満足度120%!」だったのである。
たまには、食べたくなるのが、じゅう兵衛
のもんじゃ焼き☆
また、少し涼しくなったら、行ってみたい!
パスラボ山形ワイヴァンズにツインタワー登場!
どちらも2メートルを越える選手。
まるでツインタワーである。

左が203センチの、マーカリ・サンダース・フリソン(通称コーリー)と、右が213センチの、マット・ロペス(通称マット)である。
モノサシ役の自分。


外国人選手2名の入団記者会見には、12社のメディアが集まって下さり、取材していただく。
いつもながら、ありがたい。

山形県のメディアの注目度の高さに、戸惑っていた2人のBIGMAN。

棟方ヘッドコーチからは、相変わらず、厳しい注文がつく。
外国人であっても、ビッグマンであっても、とにかく、走り回り動き回るのが自分達のバスケット。
オフェンスとディフェンス。
ディフェンスとオフェンス。
スピードを出して切り換える!
棟方ヘッドコーチの目指すバスケットの形は、だいぶ選手達に徹底してきた。

コーリーは、「自分の強みはリーダーシップ。みんなの力を引き出していき、リードしていきたい。目指すは優勝!」と話す。
東京エクセレンス時代は、憎らしいくらい素晴らしい選手だった。
リバウンド王で、チームを2年連続でNBDLリーグで優勝に導いた、28歳のマッチョマン。

マットは、ワイヴァンズ選手史上最高の身長を持ち、自分の高さを生かしたプレイをしたいとのこと。
日本でプレイしたいとの夢を叶えた24歳。

ビリーを含めて3人の最高の外国人を獲得できた。
戦力が揃って、いよいよ闘いである。


2人のユニフォームを自分と棟方ヘッドコーチから渡す。
コーリーが、10番。
マットが、35番。

頼もしい限りだ!


新聞記者の皆さんから、2人の高さが分かるように、真ん中に立ってくださいとのオーダーに応えたが、まるで、同じ人間ではないようである。
だからこそ、きっと、凄い戦力になると期待イッパイ。
いよいよ9月。
様々なバスケットイベントが動き出す。
知っていました?「劇場限定プリクラ」
見逃した…。
「君の名は。」はモチロン、「ポケモン・ザ・ムービー『ボルケニオンと機巧のマギアナ』」や「ファイティング・ドリー」など、この夏話題の映画のプリクラが、ムービーオンやまがたで撮影できる。
正直、知らなかったのが残念!
こんなに、素敵なアイテムを、世の中の映画好きの方々に、お知らせしなかったこと…。
申し訳ありません。
大ヒット中の、新海誠監督作品「君の名は。」
自分も、あの映画の中のワンシーンに入り込みたい方は、大至急ムービーオンのホワイエへ。
そして、このプリクラは、写メールとして、携帯へ保存できるから便利。
ポケモン、ドリーと、今だと、3タイプから選べる。
ムービーオンのシアター1は、東北最大級のスクリーンで、天井は3階のビルの高さ
に匹敵する。
スタジアム型なので、前の人の頭は全然邪魔にならない。
「君の名は。」は、とにかく山形県内では、圧倒的に大きく広いシアター1で観て欲しい!
リピーター続出のこの映画。
お帰りの際は、劇場限定プリクラで、パチリ!
思い出の1日を、大切な人と…。
パスラボ山形ワイヴァンズ・ユニフォーム発表
9月1日(木)、外国人選手の入団記者会見の前に、今シーズンのパスラボ山形ワイヴァンズの公式ユニフォームの発表が行われた。
棟方ヘッドコーチから同席をいただく中、キャプテンの正成選手がホームゲームのユニフォームを、副キャプテンの小島選手がアウェイゲームのユニフォームを、それぞれが着てお披露目をする。
メディア14社が集まってくれた。
正成選手は、「紫は初めてだが、案外似合うでしょ?」と、笑いを誘い、小島選手は、「これまで着たユニフォームで、1番軽い!」と、満足してくれていた。
アニマル模様が入っており、今年からの「Bリーグ」のロゴマークも全チームに入る。
いよいよ、ユニフォームもでき、これからの東北カップなどで、広くお披露目はするが、何よりも、見か引き締まる思いであり、今年1年頑張って行く勇気が出てきたのである。
「伝える力」それはとても素敵な仕事。
先日、ダイバーシティメディアのアナウンサーディナーミーティングを、話題の「レストランAKIYAMA(アキヤマ)」にて行った。
今回は、「どうしても…」というダイバーシティメディアの若手アナウンサーからのリクエストで、お忙しい中、YBC山形放送の青山友紀さんを、ディナーにお誘いした。
青山友紀さんからは、快諾をいただき、ダイバーシティメディアのアナウンサーと、夕食をとりながら、様々な話をしていただいたのである。
青山さんと、ダイバーシティメディアの鈴木淳予アナウンサーは、同じ歳で、以前から交流があったが、ちゃんと話したのは初めてかもしれない。
当然、2年目の横山、3年目の松本にしても、山形県を代表するアナウンサーとの食事会は、感激と緊張の中で、話を聴こうとするだけで、精一杯のようであった。
会食中は、全員アルコールを飲まないので、映画の話、スポーツの話、音楽の話、社会・経済の話ナドナド、多岐に渡って話された。
とにかく、様々な現象をキャッチし、本質を構造的に捉える能力は、もって生まれた資質と、YBC山形放送でのキャリアの賜物だと感じた。
また、ちょっとした気配りや心遣いが素晴らしく、一緒にいた方を気持ちよくさせる。
これこそが、エモーショナルコミュニケーションだと感じた。
若いアナウンサーにも、出身地や、その地方の美味しいものなどをきっかけに、話に呼び込んでくれていた。
素晴らしい能力である。
自分も、人前でのスピーチが多いが、その時、どれだけ様々な事を知っているのか…(それも本質を)が、最も大切であり、さらには、その知識と、その現場を繋げていく「結ぶチカラ」が、重要になってくる。
その夜と翌日のメールで、参加者達は一様に「青山アナウンサーのオーラ、上品さ、気高さ、心配り、優しさ、自然体、言葉に艶がある。何よりも存在感、引力が強い。」など、賞賛の言葉が相次いだ。
「伝える力」がある人。
「言葉で、人を惹き付ける力」がある人。
まさに、重力と引力があるのだろう。
これからも、山形県を代表するアナウンサーとして、「伝えること」のプロフェッショナルとして、ますますのご活躍を祈念したい!
山形一寸亭の肉そば、そして、銀杏。
山形市立第5中学校の側に、「山形一寸亭」がある。
土曜日や日曜日になると、県外客が列をなすくらい混むのだ。
それだけ美味しい!
土曜日の夜、ダイバーシティメディアでの仕事を終わし、ムービーオンへ向かう途中、スタッフ・マチャと、「山形一寸亭」で夕食をとる。
河北町の「一寸亭」は、全国的に冷やし肉そばが有名であるが、「山形一寸亭」も、とても美味しく、自分のローテーションに入っている。
最近は忙しくて、中々行けないが、土曜日は行けたのである。
自分は、「冷やし肉そば」よりも、「あったかい肉そば」が好きである。
銀杏(ぎんなん)も、「昨日入ったばかりですよ。色が鮮やかでしょう!」と、ご主人が言われていたが、柔らかく芳ばしく、とても美味しかった。
入り口のタヌキの置物や、流れる水が風流である。
是非、1度足を運んで欲しい。
パスラボ(ワイヴァンズ運営会社)の株主総会
8月30日(火)、パスラボ山形ワイヴァンズを運営する「パスラボ」の、株主総会がダイバーシティメディアで開催された。
売上高は、前期比1.8倍で、ホーム戦平均入場者は、前期比1.6倍の1601人となった。
今年は、プロバスケットボール元年と言うべき、歴史的な年であり、9月からは、いよいよ統一リーグである「Bリーグ」が開幕する。
試合数は、60試合で、ホームゲームは30試合となる。
今期は、ホームゲームの平均入場者は、2500人を目指す!
売上高も、2億5千万を目論んでいる。
議長として議案を問い、就任を得る。
また、新たに、5人の取締役を増員した。
渡辺聡専務取締役GM、三陽製作所の和田社長、市村工務店の市村社長、山形パナソニックの清野社長、モンテディオ山形の森谷社長である。
フロントも、厚い布陣で、Bリーグに挑もうと思うのである。
山形の地下の城「ルーブル」大人達の時間。
最近、2日続けて、七日町ワシントンホテルの隣の地下にある「ルーブル」に伺う。
上品で落ち着いた雰囲気が、大人の空間と時間を醸し出す。
ママさんも、義理ごとや節目の礼節に明るい、人間的にも素晴らしい方である。
自分が奉賛会副会長をさせていただいている、山形県と山形市の守護神社「湯殿山神社」の礼大祭や市神祭には、御詣りを欠かさない。
また、父親の代からのご縁もあり、これまでも、何度か伺っていた。
料理も美味しいし、雰囲気もとてもよく、
心が満たされる場所である。
初日はパセオのママさん、2日目はフェイスのママさんと伺い、ルーブルのママさんんと様々な事を話す。
久しぶりに、鈴木哲男さんの迫力のある歌を聞き、その後に、ブルボンのマスターの渋い歌を聞く。
山形の名士の方々が、こられる店。
相変わらず、ママさんの気配りを感じながら、落ち着ける時間を過ごす。
思い出してみると、昨年のクリスマスも数人で伺った。昨年の末に、タバコをまだ吸っていた頃の自分と高橋常務。
たぶん、タバコを吸っている最後の写真。
ゆっくり、流れる時間を感じたい方には、是非、お薦めの店。
秋田や北上の先輩方も、山形にいらしたら、必ず寄る店。
素敵な夜は、「ルーブル」で…。
「豚骨食堂」第2段→ちゃんぽん☆☆☆
先日、ブログでも紹介した、山形では珍しい「豚骨食堂」の豚骨ラーメン。
スープもラーメンも美味しかったが、今日は、次にイチオシのメニュー「ちゃんぽん」を頼む。
麺が、通常の豚骨ラーメンより、数倍太い。
野菜と一緒に炒めるらしい。
だから、食感がモチモチしている。
焼きそばと油そばと豚骨ラーメンが、合体したような不思議な食感で、クセになる美味さである。
スタッフ後藤は、通常の豚骨ラーメンを食べる。
そこに、替え玉(100円)を追加して、2杯目を食べる後藤。
自分も、ちゃんぽんの太い麺に、細麺の替え玉を入れて食べる。
ラーメンのタレをかけて、本当のちゃんぽんの出来上がり?
店主のマサタカ氏も、まだ、替え玉をちゃんぽんへ入れたことはないと話していた。
味がいいのだ。
スープも美味いのだ。
流行ると思う。
是非、いってみて欲しい。
パスラボ山形ワイヴァンズ、山形県知事表敬訪問。
9月7日(水)、パスラボ山形ワイヴァンズのフロント並び棟方ヘッドコーチ、全選手は、山形県庁を訪れ、吉村美栄子山形県知事と、細谷知行副知事を表敬した。
今年度のポスターも、昨夜出来上がり、今日初めて御披露目したのである。
約14社のマスコミの皆さんが集まってくださった。
感謝である。
美栄子山形県知事と、細谷副知事には、今季から始まる「Bリーグ」について説明をする。
ワイヴァンズの目玉の3外国人も、知事にご紹介をする。
短時間ではあったが、チームの状態などを話す。
出来立てのホヤホヤのポスターの中に、棟方ヘッドコーチのテーマ「COST」…チャレンジ、オープン、スピード、チームワーク。
ヘッドコーチと、選手達が知事を囲んで記念撮影。
その後、山形県庁を後にして、山形市役所へと向かう。
山形市役所からは、斎藤副市長、荒澤教育長、阿部教育部長が迎えてくださる。
斎藤副市長とパスラボ山形ワイヴァンズのすべての選手と記念撮影。
その後、自分の父親の写真も披露したのである。
そして、以前は大変お世話になった秘書課の皆さん。
多くの皆様から期待され、改めて身が引き締まる思いである。
「パスラボ山形ワイヴァンズ」新ポスター完成!
棚田の世界・大蕨(おおわらび)の「六右衛門庵」
自分の社会人1年生は、山形県経済連への就職。
首都圏の大学で政治経済学を学び、地元山形県に戻る。
そして、勤務についたのが、山形県経済農業協同組合連合会(経済連)で、今の「全農」である。
初の勤務地は、山形県東置賜郡高畠町の「経済連置賜事業所」の肥料農薬部。
そこで、まず「農業」を知り、「土づくり」を学び、「自然」の素晴らしさを体感した。
その時の上司である、地元肥料農薬部農薬課調査役稲村和之氏は、自分より10歳上の兄貴分。
ありがたいことに、今もお付き合いさせていただいている。
その稲村和之氏が、今から18年前、45歳の時、山辺町大蕨の生家の小屋を壊し作ったのが、そば粉から育て、刈り、そば打ちをし、それを振る舞う「六右衛門庵」の主人となったのである。
まさに、今で言う、6次産業の先駆けである。
稲村さんは、その後改変になる全農山形県本部で、副本部長の要職につく。
そして、山形食品の社長になられてからは、大車輪の活躍をなさった。
中山ダイスケさんとのコラボレーション商品サン&リブ果汁ジュース「山形代表」の
販売戦略、モンテディオ山形と山形交響楽団との「サン&リブ・コンサート」の開催、さらには、パスラボ山形ワイヴァンズのANTHEMの募集など、様々なトライアルをしたのだ。
映画「おしん」の濱田ここねを、 CM起用したのも稲村さんである。
そんな思いを馳せながら、たどり着いた場所…六右衛門庵。
山形市より、西側の山を越える山辺町大字大蕨。
そこは、時間が止まっていた。
まるで、別世界。
ただ、風薫る和堂の空間が、自分達を迎えてくれる。
大蕨のわらびの一本漬け。
窓にぶつかる鬼ヤンマ。
本わさびも、大蕨産。
根元に近づくと辛さが増す。
そば刺しは、わさび醤油で。
久しぶりに見た、真剣な稲村さん。
やはり憧れの人である。
全予約制。
今年一年は、予約は取れない。
第2と第4日曜日のみ営業。
12名まで。
繊細で、その日の自然が生んだ、唯一の一品のそばが出る。
大蕨が生んだ、奇跡の物語が、ここに完成したのである。
農夫の会の会長も務めている稲村さんの奥様。
昔から、お世話になりっぱなしである。
稲村家の引っ越しの手伝いや、自分のピアノの弾き語りや、二人の息子さんが、まだ小学校くらいの時から、温かく見守って下さっている。
デザートも美味しい。
なかなか、深呼吸ができる場所が少なくなってきている今、心の底から、深呼吸をして、目をつむり癒される場所である。
最近は、電話をし、時間が合えばであるが、ウイークデーでも、予約を受け付けてくれる場合もあるとか…。
是非、山辺町大蕨の六右衛門庵へご連絡を。
とても素敵な時間を頂いた、週末金曜日の9月9日、秋真っ盛りである。
会津若松市の空…。
モーニングセミナーと、バスケットの東北カップ
9月10日(土)は、滅茶滅茶タイトなスケジュールであった。
午前6時30分から、山形グランドホテルで、山形蔵王倫理法人会のモーニングセミナーで、40分の講演をさせていただく。
約50人強の方々が参加して、話を聞いていただく。
鈴木隆一さんや市村清勝さんなど、身内のような方々が多く、とても話しずらかったが、皆さん真剣に聞いてくださり、感謝である。
テーマは、「Dream , Over The Dream(夢の先には、まだ夢の続きが待っている)」であった。
「ダイバーシティメディアに社名を変えた理由」
「パスラボ山形ワイヴァンズの存在理由」
「アーリーアダプターや、キーインフルエンサーを、大勢作ることが、事業の成功に繋がる」
ナドナド、話させていただく。
この後、法人会の皆さんから、朝食をご用意いただいていたが、失礼してすぐ家に戻り、シャワーを浴びて、荷物を持ち、会津若松市で開催されている、「プロバスケットボールの東北カップ」へ向かう。
高速で、約2時間30分。
会津若松市に到着する。
会場は、「あいづ総合体育館」
だいぶ盛り上がっていた。
午後1時過ぎから、オープニングセレモニー。
主催者、福島ファイヤーボンズの宮田社長の挨拶。
福島県の副知事の挨拶。
大河チェアマンの挨拶。
その後、「仙台89ERS」と、「福島ファイヤーボンズ」の準決勝が行われていた。
別室では、午後1時45分の、オーナーズミーティング(社長会議)
右から、岩手ビッグブルズ北舘社長、福島ファイヤーボンズの宮田社長、仙台89ERSの中村社長である。
前日入りした、渡辺専務兼GM、斉藤部長、武田TD、洋一広報部長と、打ち合わせをする。
この後、午後6時から「パスラボ山形ワイヴァンズ」と「秋田ノーザンハピネッツ」の準決勝。
午後9時から、大河チェアマンを囲む会など、まだまだスケジュールは、終わらない。
会津若松市での1日。
以前、飯盛山に行った時、「白虎隊」の菊人形を見た。
今でいえば、中学生くらいの、あの10代の少年達は、何の為にこの世に命を授かってきたのであろうか…。
たぶん、京都や大阪、九州や中国地方と違い、東北には「尊皇」や「開国」などと言う『近代文明論』的な思想や哲学、考え方が普及していないというか、多くの人々が知らなかったと思う。
ただ、「お上の為に!」「我が藩や、殿の為に!」と、純粋な気持ちしかなかったと思うのである。
歴史に名を残すだけでは、悲しすぎる。
そこに、討伐の名のもとに、東日本に進行した官軍は、「白虎隊」13歳から15歳の少年達を、皆殺しにした。
これが戦争であり、その悲劇は、今もって語り継がれている。
勝ち負けは別として、日本国内の戦死した人々が総て祀られているはずの「靖国神社」
確か、戊辰戦争による東北の民は、祀られていないと記憶している。
そんなことについつい思いが馳せる会津若松。
「あいづ球場」前で、ダイバーシティメディアの笹原専務と。
喜多方ラーメンを、食べる。
秘密のケンミンSHOWで取り上げられた、「会津のカレー焼きそば」と、「ソースカツ」
プレスやスタッフスペース。
パスラボ山形ワイヴァンズも、健闘はしたが、やはり秋田ノーザンハピネッツはB1でも優勝候補と言われるだけあり、強かった。
特に5番の日本代表の田口成浩選手は素晴らしかった。
第1Qが、山形20対秋田27。
第2Qが、22対24。
第3Qが、14対21。
第4Qが、16対19。
分解すると、ちょっとした差なのである。
合計では、72対91。
もう少し練習と、チームとしての役割の修得だろう。
残念であるが、次の試合に活かしたい!
あいづ総合体育館を後にしたのは、午後8時を回っていた。
そして、午後9時、会津市内の「さぶろく亭」での、オーナーズ懇親会。
秋田ノーザンハピネッツの水野社長も加わり、いろいろな話をした。
大河チェアマンなどと、多くの話をした。
福島ファイヤーボンズの宮田社長からは、とてもお世話になり、懇親会もご馳走になる。
福島県の地酒や馬肉や名物をいただいた。
本当に、感謝申し上げる。
福島の夜は、遅くまで、とても賑やかであった。
さようなら。相原先輩へ感謝を込めて。
山形南高等学校の先輩、かつ、東海大学の先輩という方はそんなに多くはない。
ましてや、その後、相原先輩は、高橋和雄元山形県知事の青年部長を務め、自分の父や弟和武、現在の吉村美栄子知事、舟山やすえ参議院議員、梅津ようせい山形市長候補者などの支援の中心にいられた。
また、東海山形学園理事、東海大学同窓会元山形県支部長、山形県立山形南高等学校スポーツOB会副理事長、山形南高等学校サッカー部OB会長など、本業の材木関係以外でも、とても大きな影響力があり、偉大な人であった。
9月8日(木)午後2時、「セレモニーホール霞城」で、故 相原吉弘氏の告別式が執り行われた。
享年65歳。
9月3日(土)午後9時21分、あまりにも突然に、旅立たれてしまったのである。
翌日の、9月4日(日)の午後、その一週間前までは、笑顔で話されていた相原先輩と、予想もしなかった形で対面をした。
長男である、喪主の相原吉郎くんはじめ、奥様や長女のえりかさんも、気丈にされていたが、あまりの突然の逝去に、戸惑いと悲しみが込み上げていた。
お亡くなりになった原因は、心筋梗塞であったとのこと。
とても、悔しくて、悲しくて、残念でならない。
ご家族の皆さんは、どんなにお辛いか…言葉にできない。
今から3年前の、暑気払いでの相原先輩(右から二人目)である。
いつも、穏やかで笑っていられた。
今年の、東海大学山形支部の同窓会役員会(宝来寿司)である。
一番手前が相原先輩。
隣の佐藤正興先輩とは、いつも一緒だった。
今から5年前。
2011年の3月6日、自分が東海山形学園の理事になる時に、一緒に理事になられ、そこからは、東海大学山形高校の再生に向け、多くのことを教わったのである。
そして、自分が暫定理事長として、6月までの3ヶ月の任期であった為に、他の方へ理事長のバトンを渡そうとした時、相原先輩は、理事会の席上で「あなたのお父さんは、困難を前にした時、けして逃げる人ではなかった。大変な時こそ、先頭に立ち、向かっていった。逃げるな!」と、おっしゃって下さった。
その時、心の中に、覚悟が生まれたのである。
相原さんご自身も、いつも集団の中心、組織の先頭に立っておられた。
8月19日(金)、ここ数年の懸案であった東海大学山形高校全面改築工事の地鎮祭と安全祈願祭の時には、「理事長!やっとここまで来たなぁ。」と、誰よりも喜び、笑顔で声をかけてくれた。
また、亡くなられる1週間前の8月26日(金)は、亀松閣では、東海大学山形高校の、年に一度の理事会・評議員会の後の暑気払いを行ったが、その時は、とても楽しそうに、山形南高等学校サッカー部のOB会の話をしていらっしゃった。
相原先輩の葬儀の際に、自分が5人の親しき方々の先陣を切り、先輩に、万感の思いを込め、弔辞を読ませてもらった。
次世代を担う若者を、こよなく愛した方であり、私をはじめ、真っ直ぐに、誠実に、優しさをもって指導してくださる偉大な方であった。
生者必滅 会者常離は、人の世の習いとは言われるが、残念無念で一杯である。
これまでの、相原先輩からのご指導と優しさに、心から感謝を申し上げ、万感の思いを胸にお別れの言葉としたい。
合掌