中学時代の友人である大舩氏とは、高校から違う道を歩んだ。
彼は山形東高校で、自分は山形南高校。
自分達の時代は、山形市立第1中学校から、男子は東高校へ約30人弱、南高校へ約30人強、女子は西高校へ約30人、北高校へ約30人が進学し、いわゆる東西南北の高校へは、120人は合格していて、この数は、山形大学附属中学高より多かった。
山形市のナンバースクールでは、群を抜いていたのである。
だから、各高校に進んでからも、中学時代の友人を介して、すぐ各高校のメンバーと仲良くなったものである。
そんな大舩氏と、再会というか、改めて親密になったのは、自分がケーブルテレビ山形を設立した32歳の時。
時の長谷川常務(現頭取)が42歳で、ケーブルテレビ山形の設立を支援していただいたが、そこから、山形銀行にいた大舩氏からは、様々なアドバイスや意見を頂いたのである。
あれから、約20年が過ぎ、彼は山形銀行から山銀リースに席を移した。
これまでお世話になった友人としても、メインバンクのアドバイザーとしても、ひとつの区切りとして、杯を挙げたいと思って、ケーブルテレビ山形の奥出取締役と一緒に、児玉山銀2部長も入っていただき、夕食を取ったのである。
場所は、老舗料亭『亀松閣』
笹原社長からは、『のどぐろ』を土鍋で蒸していただく。
最高に美味い!
でも、何よりも、友人と、楽しい会話のひとときは、最高である。
彼の新天地での活躍と、心身ともに、しっかりメンテナンスをやり、『晴耕雨読』の中で、エネルギーを養ってほしいと思うのであった。
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大舩くんへの感謝の会☆
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