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Channel: 約束の地へ…Love&Peace
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山辺町の大蕨の棚田手拭い完成 by 中山ダイスケ

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山辺町の大蕨の棚田。

1999年に「日本の棚田百選」に選ばれた。

そこで生命を授かり、山形県経済連、全農山形副本部長、サン&リブ山形食品社長、現在はグループ農夫の会の代表であり、手打ちソバ処の「六右衛門庵主人の稲村和之氏が、東北芸術工科大学のデザイン工学部長の中山ダイスケ氏と共に、素晴らしいアイテムを作ったのである。

その稲村氏が、棚田の原風景を後世に伝えようと、中山ダイスケさんと共に作ったのが、棚田をモチーフにした手拭いである。



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そもそも、稲村和之氏は、自分が大学を卒業し、山形県経済連に入社した時の直属の上司である。

当時の経済連は、農業が日本の押しも押されもしない主要産業であった時代。

山形県には、山形県経済連と庄内経済連と2つがあったのにもかかわらず、当時の山形県経済連の当時の売り上げは、約2700億円くらいあったと記憶している。

たぶん今の倍以上の売り上げであった。

大学を出て、右も左も分からない自分が配属されたのが、肥料農薬部。
置賜地区(当時の置賜事業所)管内が自分の仕事場であり、米沢市、高畠町、南陽市、川西町、長井市、飯豊町、白鷹町、小国町を、春夏秋冬駆けずり回って、肥料と農薬を販売していた。


それから、今まで、ずっと稲村さんからはお世話になっている。



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また今回も稲村企画と、稲村プレゼンは流石であった。

山形食品の社長となった時、山形交響楽団とサン&リブコンサートを開催し、モンテディオ山形とコラボレーションし、パスラボ山形ワイヴァンズのユニフォームスポンサーとなり、各方面と繋がることで、山形の果樹のイメージをブランド化し確立した。

さらに、稲村さん自身がそば打ちをする、大蕨のそば処「六右衛門」は、今年は予約がいっぱいで、来年以降の予約になる。

最近では、山形のデラウェアを素材としたグミを、置賜農協、味覚糖、ヤマザワ、中山ダイスケ氏をつなぎ、みごとな逸品を作り上げたプロデューサーをやられた。

売り切れでなかなか手に入らない。



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そんな彼が、毎年米作りをしているモンテディオ山形のファン向けと、棚田が最も美しいと言われる「くいかけ」をデザインした2タイプの手拭いを販売した。

大沼や十字屋の他、モンテディオ山形のホーム戦の会場でも販売する。


しかし、いつもいつも、なかなか追いつけない素晴らしい先輩であり、スキルも抜群なビジネスマンである。

こんなコンダクターが、実は今、農業界には必要であるはず。

稲村さんがいなくなったとたんに、農業界が他業種との関わりが減り、農協純化路線に逆戻りしないことを願ってやまない。

なにせ、古巣なものだから、自分としても気になるのである。


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