今年は、だいぶコロナ禍が収束してきたタイミングでもあったが、感染防止の為、マスクをとっての会食を行う人全員にPCR検査と抗原検査を行った。
延べ108人の関係者が、検査を受けたのである。
その結果、全員陰性であり、この日、山形市の老舗料亭「亀松閣」での50人の大宴会となったのである。
山形県出身で映画界の至宝である村川透審査委員長の熱い挨拶。
歳を重ねられるにつれ、映画にかける思いは、凄みさえ感じる熱量であるのだ。
審査委員であり俳優の船越英一郎さんからは、これも愛情溢れる素晴らしい乾杯のご発声。
みんなで、杯を上げる。
参加者全員が、一言ずつ挨拶をして、映画に対する思いを述べた。
亀松閣の女将の笹原史恵さんと、亡き父の後を継ぎ、京都の瓢亭で修行を積み、この春に戻った次女百可さんがご挨拶をする。
この亀松閣の2階の80畳の大広間は、コロナ禍でずっと閉じていたが、この日2年ぶりに開けたとのこと。
記念すべき、リスタートの日となったのである。
百可さんが見せてくれたのは、「きのこの土鍋炊き込みご飯」
しめじ、舞茸、糸コン、ゆず、にんじん、小ネギ等が入った、格別の美味しさであった。
ほとんどが県外からのゲストの為に、お願いしていた「芋煮」は、やはり大人気!
皆、何杯もおかわりしていた。
村川透監督は、数年ぶりに懇親会に参加された。
自分は、この山形国際ムービーフェスティバルの初回からずっとご一緒してきた。
初回こそホリエモンこと堀江貴文氏が初代委員長で、村川監督が副委員長だったが、2回目からは、審査委員長として、YMF山形国際ムービーフェスティバルの中心に座していただいているのだ。
この日は、40年前の「蘇る金狼」の上映もあり、当時のことを熱く語られていた。
特に、松田優作さんとの「出会い」、熱き思いと信頼、人と誠意を持って向かい合う本気度…などを語られ、この映画祭との出会いも、40年前と同じであり、この思いを次の世代へ繋げていきたいと話されていた。
東北の17局のケーブルテレビの社長達も、皆んなが多くの繋がりを持ち、特に、岩手県出身の大友啓史監督は人気であった。
岩手県には、ケーブルテレビ局が約10社もあるのだ。
この日、全員が抗原検査をしていただいたが、普通に、皆んなが楽しく食事をしたり笑ったりできるようになることを願って止まない。
この日、大広間では、遅くまで皆の笑顔が溢れていたことは言うまでもない。
また、来年、お会いしたい。