5月21日は、パスラボ山形ワイヴァンズの活動拠点の山辺町の遠藤直幸町長へ、また、ホーム戦を開催するホームタウン天童市の山本信治市長へ、シーズン終了の報告と御礼に伺った。
また、6月9日には、最もブースターが多い県都山形市の佐藤孝弘市長へ、シーズン終了報告とご支援に対する御礼の挨拶に伺ったのである。
そして、6月29日(火)、今シーズンの締めくくりになる、山形県の吉村美栄子知事へ、シーズン終了報告とご支援に対する御礼の挨拶に伺う。
すでにヘッドコーチのライコビッチはセルビアに戻っており、アシスタントコーチの小関ライアン雄大は鹿児島に帰省中である。
さらには、選手たちも、オフシーズンで地元に戻っており、この日は自分とフロントの他は、キャプテンの河野選手と柳川選手の訪問となったのである。
この2年は、コロナ禍のレギュレーションにより、行政訪問は人数制限もあり、選手全員での機会はとても稀なケースとなっている。
しかし、この日の2人は、話が上手な選手たちであった為、美栄子知事の質問にも、しっかり受け答えをしていた。
その前のシーズンが、B2の18チームの中で最下位であり、とても不本意なシーズンであったのに加え、新型コロナウイルスの登場でレギュラーシーズンが13試合を残して途中で中止になるという、消化不良で残念なシーズンであった。
落ち込んだが、県民の多くの皆さんより、支えてもらった。
そして、今シーズンは再起を望み挑んだシーズンであり、Oneteamとなり戦い、日に日に調子を上げていった。
そんな矢先に、また、チームを襲った不運。
新型コロナの陽性者が1人発生したと思ったら、瞬く間にクラスターとなり、結局は14名がコロナ陽性者として2週間の隔離待機となったのである。
そんな中でも、県民やブースターの皆さんの思いは、選手たちにとって、とてもありがたいものであり、誰一人、心折れる選手やチームスタッフはいなかったのである。
〜以上のことを、美栄子知事に、お伝え申し上げた。
美栄子知事からは、とても暖かい労いのお言葉を頂戴した。
「このコロナ禍の時代になって、スポーツ活動や音楽などの文化活動は、『不要不急なものではなく必要なもの』と、改めて多くの人々が気がついてきた。日常生活の中で、とても大切なことなのです。」とおっしゃられたのだ。
美栄子知事の話を聞き、伺ったメンバーは、とても感激したのである。
柳川選手からは、選手全員のサイン入り色紙と記念の盾を渡す。
柳川選手が、お隣の仙台市出身ということに触れ、「小さい頃から山形県には来られた?」との問いに、「蕎麦を食べにきました!」と返していた。
河野選手からは、サイン入りのプレーオフ進出記念Tシャツと、自分が試合で着たユニフォームをキチンとクリーニングして渡していた。
宮崎県出身の河野選手へ、「河野知事とはご親戚でないの?」と知事。
「宮崎県には、河野が多いんです。」と、笑って返していた。
そして、「かわの」と間違えられなくて良かったと思っていたとのこと。
知事は、宮崎県知事は、河野(こうの)なので、その時に覚えたとのこと。
それぞれの選手が、美栄子知事とキチンと会話していたのを見て、とても嬉しかった。
最後に、吉村美栄子知事を囲んで、二人の選手と記念のフォトセッション。
次は、コロナ禍も通り過ぎて、チーム全体で伺いたいと思ったのである。