朝、起きたら山形県立中央病院の成人病センターから、来週のドックの延期の連絡。
新型コロナウイルス感染症に対する予防対策の一環らしい。
県立病院でのドックは、ケーブルテレビ山形設立した32歳から続けている。
今年は還暦の60歳ということもあり、これまでの1日ドックではなく、泊まりがけの2日ドックを初めて予約したのだったが…。
午後からニトリで、デスクやソファーを購入したいと思ったが、駐車場が満員で断念。
不全感が心身ともに充満し出した。
マクドナルドのドライブスルーで、ハンバーガーなどを買い戻る。
しかし、まだまだ、スッキリしない。
…ということで、数年ぶりにウォーキングに出たのだ。
以前は、妻が留守の時のみの、愛犬のベスとマギーの散歩…それ以来である。
夕方の5時過ぎ。
急に風が冷たくなった。
アウェー感いっぱい。
全身をガラスに写しておく。
約30年前、自分が山形市長選挙に挑戦し続けていた父の家を出て、妻と息子と初めて移り住んだアパート。
自分たちは、緑のアパートと呼んでいた。
まだ娘も次男も誕生前の事である。
歩きながら、行ってみたいと思ったのだ。
あの頃、こんなマジマジとアパートを見なかったかも…。
懐かしい気持ちと、不思議な気持ちが交差する。
ヤマザワあさひ町店の前から、馬見ヶ崎川原方面へ…だいぶ日が暮れてきた。
この時刻は、様々な不思議と出会う時間帯。
緑のアパートの次に住むことになる山形市の市営住宅。
10階建てのアパートと呼んでいた。
子どもが1人から3人になり、長男が山形市立第八小学校の6年生まで過ごした思い出深い場所である。
ケーブルテレビ山形を立ち上げた時の拠点である。
当時はお金も場所もなく、夜中によく外でミーティングをしていた…。
2つのアパートを久しぶりに見て、馬見ヶ崎川原の沿線を下る。
桜並木のライトアップのコースである。
すでに桜は蕾であった。
太陽が顔を出す。
一瞬明るくなる。
帰り道。
過去の暮らした場所を見ながら、暮れる太陽と光出す月を見る。
冬が終わり、春の訪れを感じた。
新型コロナウイルス対策や会社の継続BCPから、少しの時間だが離れたのである。
そこで、長い自分史を垣間見たのだ。
家に戻ると、風呂と夕食が用意されていた。
ホットする。
しかし、そこに、山形県庁から戻った県会議員の弟が2度目の訪問でコロナ関連打ち合わせ。
さらに各方面からのメールと電話で、また慌ただしい時間に突入である。
少しエネルギーが出てきた。
まだまだ、やらなければならないことがある。
たまのウォーキングが、いろんな思考を繋げてくれた日曜日であった。