会社名が「ケーブルテレビ山形」から、ダイバーシティメディア」に変わったのは、今年2016年1月1日である。
昨年末の全体終礼が、ケーブルテレビ山形としては、最後の公式な行事となった。
1992年9月14日に、ケーブルテレビ山形を設立して、あっという間の23年。
この山形に住む人を愛し、この街の自然を愛し、この街の歴史と文化を愛した。
そして、「小さいけれど、されど尊い物語」を見つけて伝えるという繰り返しの中で、この街の息吹きを、次の世代に繋げたいという思いのもと、ケーブルテレビ山形を作り上げてきた。
設立時、まだ32歳の自分を育ててくださり、ご支援してくださった方々、そして共に険しい道を歩んでくれた仲間達に、心より感謝したい。
その後、バーチャルシティやまがた、ムービーオン、山形コミュニティデータセンター、東北ケーブルテレビネットワーク、岩手ケーブルテレビジョン、モンテディオ、バスラボ、全日本プロレスイノベーション、さらには東海山形高等学校やYMF山形国際ムービーフェスティバルなど、様々な事業や運営に関わることになる。
ケーブルテレビ山形から始まった物語は、地域連携、情報クラスター、自己実現、インクルージョン、イノベーション等の流れの先に、それぞれの個性を際立たせ活かし続けるメディアとして、「ダイバーシティメディア」に「止揚…アウフヘーベン」するのである。
恒例の、管理職以上の参加による、山形グランドホテル「桃花苑」での年末最後の晩餐。
この日は、ケーブルテレビ山形最後の、歴史的な晩餐会となったのである。
そして、二次会へ…。
毎年恒例、朝まで歌いっぱなし!
最初は、ひとりずつ、ちゃんと歌を歌い、しっかり聞いているが、午前0時を超えたあたりから、みんなが立だし、合唱し、肩を抱き合い、まるで青春時代のように、心をひとつにするのである。
ケーブルテレビ山形の最後の日。
燃焼しきった。
すべてを終わらすことが出来た。
終わりは、すべての始まり…。
さぁ!
ダイバーシティメディア元年が始まったのである。
昨年末の全体終礼が、ケーブルテレビ山形としては、最後の公式な行事となった。
1992年9月14日に、ケーブルテレビ山形を設立して、あっという間の23年。
この山形に住む人を愛し、この街の自然を愛し、この街の歴史と文化を愛した。
そして、「小さいけれど、されど尊い物語」を見つけて伝えるという繰り返しの中で、この街の息吹きを、次の世代に繋げたいという思いのもと、ケーブルテレビ山形を作り上げてきた。
設立時、まだ32歳の自分を育ててくださり、ご支援してくださった方々、そして共に険しい道を歩んでくれた仲間達に、心より感謝したい。
その後、バーチャルシティやまがた、ムービーオン、山形コミュニティデータセンター、東北ケーブルテレビネットワーク、岩手ケーブルテレビジョン、モンテディオ、バスラボ、全日本プロレスイノベーション、さらには東海山形高等学校やYMF山形国際ムービーフェスティバルなど、様々な事業や運営に関わることになる。
ケーブルテレビ山形から始まった物語は、地域連携、情報クラスター、自己実現、インクルージョン、イノベーション等の流れの先に、それぞれの個性を際立たせ活かし続けるメディアとして、「ダイバーシティメディア」に「止揚…アウフヘーベン」するのである。
恒例の、管理職以上の参加による、山形グランドホテル「桃花苑」での年末最後の晩餐。
この日は、ケーブルテレビ山形最後の、歴史的な晩餐会となったのである。
そして、二次会へ…。
毎年恒例、朝まで歌いっぱなし!
最初は、ひとりずつ、ちゃんと歌を歌い、しっかり聞いているが、午前0時を超えたあたりから、みんなが立だし、合唱し、肩を抱き合い、まるで青春時代のように、心をひとつにするのである。
ケーブルテレビ山形の最後の日。
燃焼しきった。
すべてを終わらすことが出来た。
終わりは、すべての始まり…。
さぁ!
ダイバーシティメディア元年が始まったのである。